理想と現実の狭間で世界を見つめる

篠塚瑞樹(東京大学教養学部4年)

 

「時宜を得たアイデアより強力なものはない」—『レ・ミゼラブル』等の名作を残したヴィクトル・ユゴーはかつてそう述べたが、現代世界で人権というアイデアは大きな岐路に立っているように見える。昨年は世界人権宣言の採択から75周年という節目であったが、人権概念は時代の潮流に合わせて、たとえば環境問題、ジェンダー問題などその適用範囲を拡大させてきた。そしてそれと同時に、人びとが#Me Too運動やブラック・ライブズ・マター運動など、人権問題の変革を求めて行動し、私たちはその力強さをしばしば目の当たりにする。しかしながら、他方ではウクライナ戦争やパレスチナ問題、その他多くの紛争で人びとが命を落とし、迫害され、さらには近年の世界的な民主主義の後退が人権状況の悪化に拍車をかけている。そのような背景のもとに開催された今年の第3回小和田記念講座のテーマは「人権とグローバル・ダイバーシティ」、まさにこれまでと今後の人権の在り方を再考するものであったと言えよう。

小和田記念講座の最も大きな特徴は、小和田先生や東京・ライデン両大学の教授陣のレクチャーではなく、越境的で枠に囚われない議論を次の世代を担う学生が主導することを重視するところにある。ここで「越境的」と述べるのは、学生の国籍(日本やオランダのみならず、フィリピンや中国、コロンビアなど)、学問的関心(国際法、国際政治、哲学など)、学・職歴(学部生、大学院生からPhD生、弁護士や活動家としての側面を持つ学生も)と様々であるが、これらの要素が答えのない問いに対して多角的な分析を可能にし、解答への道筋を準備する。現に、今回の小和田記念講座では学生の討論の時間が十分に2時間用意されていたが、理論的・実務的問わずあらゆる視点からの意見に議論は白熱し、事前に想定されていたディスカッション・クエスチョンを全て消化しきれないほどであった。

まず討論を振り返る前に、簡潔にオビオラ・オカフォー先生の基調講演をまとめてみたい。オカフォー先生は、国際法に対する第三世界アプローチ(Third World Approaches to International Law, TWAIL)の専門家であり、TWAILとは既存の国際法を西洋の支配的なものだとして批判するアプローチである。具体的には、既存の国際法は普遍的なものとして定義づけられているが、それは西洋にとって普遍的というだけであり、TWAILはその制定過程から排除された第三世界の視点を国際法に取り込んでいくことを目指しているのである。批判を恐れずにオカフォー先生の主張を一言でまとめれば、このアプローチを基にして、国際法もグローバル化することが必要だ、とでも言えるだろうか。

現実世界は、規範的な国際法と政治的な国際政治の相互作用によって成立する。まさにTWAILは前者の側面を大きく有し、TWAILの可能性について検討していく必要性は十分にあるだろう。では、TWAILは現実世界への適用の上ではどうか、ということが議論の大きな土台になっていたように思える。ここで私が興味深いと感じた論点が二つある。一つ目にTWAILなどの新たな国際法のアプローチを容認することと国際法秩序の維持のジレンマについてである。確かに新たな解釈の可能性を認めることで、国際法はより多くの人びとのニーズに適合するものになるかもしれない。しかしながら、それは同時に国際法のコアの部分を瓦解させてしまう危険があるし、人権概念が多様化すれば都合の良いように乱用される恐れもある。さらにアイデンティティ・ポリティクス的な様相が加われば、ますます人権は普遍的なものでなくなってしまうかもしれない。このように国際法を多様化させることは諸刃の剣であり、その導入には多面的な検討が必要になる。二点目にTWAILは人びとに根差したアプローチであることを強調するが、その対象となる「人びと」とは一体誰なのかということである。たとえば、民族、宗教、言語などの観点から、人びとは国民として括ることはできないし、ましてやTWAILでしばしば使われているように第三世界やグローバルサウスと地域で捉えることは困難である。一点目とも関連するが、政治的な要素や実際に国際法として実施していく上での障壁も考慮しつつ、どの段階まで「人びと」という要素を細分化するべきか、またはできるのかということも大きな問題であるだろう。

今回小和田記念講座とその準備セミナーに参加させていただき、小和田先生の一言一言の言葉の重みに深く考えさせられ、また自らと全く異なる価値観やアイデアを持つ参加者との議論することを存分に楽しんだ一方で、言語のみならず知識・経験量でも自らの実力不足を感じずにはいられなかった、というのが正直なところである。しかしながら、小和田先生は本講座の目的の一つに、日本人の若い世代がグローバルな相手と英語で論議する他流試合の経験を積むことがある、と繰り返し強調されていた。その意味では、グローバルな相手と自分の距離を知ることになった今回の小和田記念講座において、図らずも目標は達成されたのかもしれない。今回の経験を糧にして、現実世界を批判的に見つめつつ、他方では理想を抱きながら、日々研鑽を積んで、そしてまた試合に積極的に挑戦していきたいと思う。

末筆とはなるが、小和田先生、オカフォー先生、さらには川喜田先生、キハラハント先生はじめ東京・ライデン両大学の先生方とパネリストとして参加した学生の皆さん、そして第3回小和田記念講座に関わった全ての皆さまに、このような素晴らしい学びの機会を与えてくださったことを心から感謝申し上げたい。